pro cableについての批判記事がないので書いてみる1(イントロ)

1,簡単にpro cableを

 

いわゆるオカルト系の言説が跋扈し(2016年ですよ!今は)正気を失って金の亡者になったゾンビが様々なものを売りつけてくるオーディオ業界。

 

そしてそのメインとなっているのがお金持ちの団塊の世代

学生時代に買えなかったオーディオシステムを今なら・・・と鼻息荒くアキバだ心斎橋だと歩き回っているじゃないですか。

 

と、そこに警鐘を鳴らす真の救世主が!!!

 

そう彼こそがPro cable!!!

PRO CABLE - プロ用オーディオケーブル・最強のアンプ・オーディオ電源 ケーブル -

 

彼(ら)のHPには使用者からの絶賛の嵐が書き込まれ、非常に強い筆致で警告と警戒が大量につづられている。

今回はこのサイトについて一言二言述べたいと思う

 

2、本題に入る前に

わざわざ書かなくてもいいかもしれないがオーディオは神話にみちみちている。

これを変えたらよくなったよ!ってのが本当にわんさか出てくる。スピーカーの裏において劇的に鳴りが変わる小さな木とか、ケーブルの電磁波をどーのこーのするカバーとか。

 

結論から言えばこういう商品はアリだ。

いやつまり、音って気持ちで大きく変わる。ほんとこれ書いたらもともこもないけど。

 

例えば、好きな異性と聞く音楽、体調悪い時に聞くサイケ系のトランス

 

もっとつっこんだたとえで言えば、この前ピアノのトラックの高音をイコライザーで上げた時。

+3dbまで上げてよし、いい感じにピアノが鳴ってきた!と思ったら実はEQがバイパスされてた!とか横のトラックのだ!って経験あると思う。これみんな絶対ある。

耳ってだまされる。DTMer以外に伝わらないかもだけど

 

 

つまり

 

何か音に関しての要素を変更する。(ケーブル・電源、飲酒、環境)

音が変化する(大なり小なり)

という図式が私たちにには組み込まれているし、これは納得だ。

 

しかし大きくなのか小さくなのか、それが信じる力で決まってくる。これが宗教ともいわれるオーディオ界なんじゃないかって思う。

 

もちろん、それって悪いことじゃない。音がよくなったと感じる(費用対効果を抜きにして)それって趣味の範囲としていいことだから。

つまり

オーディオってのを楽しむってのはその中に内包する神話・伝説をもアナログに楽しむという部分を楽しむ余裕がないと成立しない。

ブラックからホワイトまである中、グレーをちゃんと楽しむことで趣味として成立している、

って書き方もできる

こんな文章書いてる余裕ない僕はもちろん楽しめてない、、、、

 

3、んじゃ何が問題なのかはっきりしろハゲ

えと、今回のエントリーの目的は完全なブラックを持ち出すことであってそれが

・プロケーブルが提唱するデジタル問題

これなんです。しかもこれって結構な人が感心があるんじゃないか、って思ったんです。

 

それはアナログの温かみとかそういった問題じゃなくて、純粋に彼は

・デジタルはデータが欠損する

という謎理論を掲げてるわけなんですね。それについて次のエントリーから書きたいと思うわけです。

 

4、おわりに

プロケーブルがこのエントリー見つけて噛みついてくれないかな。。。

楽しみ!